「逃げ恥」と『仕事と家族』

ドラマ「逃げ恥」が面白いので原作も読んでみました。 

派遣切りにあった主人公みくりが、「プロの独身」会社員・津崎平匡の家事代行として働きはじめ、利害一致した両者は契約結婚し、みくりは住み込みで家事をやる代わりに給与をもらうことに。そしてひとつ屋根の下で暮らしはじめたふたりがだんだんひかれあっていく、という話です。

恋愛ものでありながら、主軸はみくりの仕事探しの物語であり、家事を有償労働として捉えるとどうなるか、ということを主題として扱った興味深い作品です。また、デフレ、晩婚化、少子化など現代社会の問題をさりげなく取り上げていて、ゲイ・生涯独身女性・バツイチシングルマザーなども登場し、いろんな生き方や人生の選択肢が肯定されているところがわたしは好きです。
 
以下ネタバレ含みます。
 
ついに平匡と両想いになり、いざ本当に結婚しようとなったみくりは、いままで対価をもらって
やっていた家事がこれから無償になるのかと危惧します。ここは賛否が分かれるところだと思うのですが、わたしは「ですよねー!誰もタダ働きしたくないよね!」と心から共感。「甘えるな、多くの主婦は報酬なしで家事をこなしているんだ」という意見がでてきそうですが、その状況に心から納得している人ってどれくらいいるのでしょうか。

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逆に言うと、(特に乳幼児をかかえた)多くの主婦が「ブラック企業」に勤めているような状況におかれているのでは。睡眠時間は削られ、365日休みなし、それどころか適切な休憩時間は無く、場合によってはトイレさえ自分の行きたいときに行けない。

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わたしは家事は嫌いではないけれど、時間と体力には限界があるし、疲れている時に料理している横で主人がごろごろしていたりすると、正直言って、不公平だと感じてイライラします。
家事運営がうまくいっている家庭ってあるのだろうか。
やはり家事というシャドウ・ワークが無償であることに諸々の問題が起因しているような気がします。ですので、まだ完結していないこの漫画、最後に二人がどういう結論を出すのか、とても楽しみです。
同時進行でドラマもとても面白いです。保育園のママ友にも観ている人が多いので、みんなで感想を言い合っていたのですが、案の定、最終的には話題が「夫が家事しない問題」になり、愚痴大会となりました。
以下、複数人の共感を得た点
・洗濯物を干すのを任せているが、それじゃ乾かないよ…っていう干し方をする
・というか洗濯機から洗濯物を出しておかないと干してくれない
(洗濯なんて毎日のことなのに、しない日があると思うのだろうか?)
・風呂掃除はバスタブの中だけを洗うことだと思っている
・休みの日の午前中は起きてこない
・「俺は家事育児をやっている方だ」と主張してくるが、誰と比べてそう言い張っているのか?「当社比」みたいなの止めて欲しい。その比較対象は自分の父親なのでは?世代の違いを考慮せよ!というか国内で比べるな、世界基準でものを言え!スウェーデンとかと比べろ!
(ちょっとさいごはヒートアップしてしまいました)
 
どうすれば不満を溜めずに家事をこなせるのでしょうか。というわけで、以前、友人(TerasawaT)にすすめられたこちらを読んでみました。 

 現代の日本の「仕事と家族」、働き方や家族のあり方や家事について、統計をもちいて議論を整理し、長期推移と国際比較という縦横に広い視点からみることで問題点を明らかにした新書です。真の意味での「共働き社会」の実現が少子化の根本的な解決策として有効であるというのが著者の結論であり、その前提となる現状の分析や当面の問題点がわかりやすく書いてありました。

とくにわたしが関心の強かった家事については、「国際比較の観点から見ると、日本の男性は労働時間の割には家事をしていない」と図示したうえで、従来の議論にはテクニカルな分析、つまり「効率性」の視点が欠如していたと指摘、問題の解決には、家事に関する「スキルの欠如、希望水準のすり合わせ、およびそれにともなう負担といった、より「ビジネス」的な課題をクリアしていくことが必要なのだ」と論じています。

無償労働はついお互いのボランティア精神に期待してしまいがちですが、ビジネス的に解決するのが一番ですよね。見返りがあればスッキリ。
やはり「逃げ恥」で契約結婚を開始したときのみくりと平匡は、理想的な関係だったのではないでしょうか。

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ここに、愛情が入ってくるからややこしくなってしまうのでは。
 

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三島由紀夫の『愛の渇き』にも「愛しさえしなければ、人と人とがつながり合うことなんか楽にできる」という一説がありました。好きだから話がこじれる。
しかし愛情にもたれかかるような関係では、家事運営はどちらか一方に不満がたまることになってしまうのではないでしょうか。わたしもこれからはビジネス的な解決をこころがけ、ガツガツ見返りを求めることにします。
 
さて「逃げ恥」でみくりが風見さんにつくった牛肉と大根のカレーをつくってみました。

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生姜入れすぎの牛と大根のスープ煮 からの、根菜カレー

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 根菜が多いとボリュームがあって食べごたえがありますね。
カレーは3巻にでてきます。 

 「逃げ恥」は風見さんと百合ちゃんの関係もすごく良かったです。

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役割や立場や年齢で相手をみない、とか、気になった発言は真意を相手に直接聞くとか、
人と人がまっすぐにつながろうとしている様子が読んでいて心地よい漫画でした。
 
ハートフル坊主のクックパッドも気になります。

心のママ友

職場の先輩がプレゼントしてくれて読みました。
老いと幼なの言うことには

老いと幼なの言うことには

 

わたしは14歳の頃から小沢健二のファンなので、結婚したときはそれなりに衝撃を受け、おのれエリザベス!などと思ったりもしたのですが、この本を読み終わった頃にはすっかりエリザベスさんのことが好きになってしまいました。

 
印象的だったエリザベスさんの一文
「息子は私の世界を再編成して、私に新しい軸をくれた。
彼を中心軸に回っていると、その軌道の外にある世界のことを忘れてしまいそうになる。
でも、自分の世界が小さくなってしまうことには抵抗したい」
 
わかるなあ、と思いつつ、でも、子ども中心の生活でせばめられる部分もあれば、子どものおかげで広がるものもあるよなあと思います。
特に交友関係、ママ友との出会いです。わたしにとってママ友は、子どもがくれる素敵な贈り物だなーと最近しみじみ感じております。
年齢も職業も出身もさまざまで、同じ年に出産したというだけで知り合い、親しくなり、その偶然がなければ友だちにならなかったであろう女性たちと話すのは新鮮な発見が多く、たくさんの刺激をもらえます。
長女が保育園に入りたての頃は、「ママ友」という言葉に慣れず、また、「人の親としてみられているような緊張感」に苛まれ、「わたし、育ちが悪いし、常識とか自信ないので、ぼろが出て敬遠されてしまうかもしれない」などと怯えていたのですが、今では気づけばたくさんのママ友にめぐまれました。保育園にも、ネット上にも。
次女はどんな出会いをわたしにもたらしてくれるかな。
ここ数年、長女を中心軸に回っていたわたしの世界に、次女という新しい軸が生まれ、わたしの世界はもう少し複雑に、おもしろくなっていきそうな予感がします。
ちなみに今年、小沢コール夫妻に第二子が誕生したという噂を聞き、「うちの次女と同学年ではないか!ということは、近くに住んだらエリザベスがママ友に・・!」などと夢想しております。同じ時期に出産したというだけで急に親近感がわくのはなぜでしょう。すぐに「心のママ友」認定してしまいます。
ちなみに私の長女と同時期に女の子を出産しているビヨンセも私の心のママ友です。同い年だし。
同い年とは思えない若さなんですが、ビヨンセ

遠い国の食べ物

5月に無事次女を出産しました。赤ちゃん育児の貴重な時間を満喫しています。赤ちゃん、とにかくかわいい。「癒される」ってこれか!という感じです(癒されるって言葉好きじゃないんですけどね)

 

 

「でも、佳子姉さん。私、本当いうと、分からないの。こんなに酷い世の中に、新しい命が生まれること。それが本当にいいことなのかどうか。

いいことなのかどうかは誰にも分からない。でもね・・・ほら、動いた。」 

沼地のある森を抜けて (新潮文庫)

沼地のある森を抜けて (新潮文庫)

 

 妊娠中、これを読んでいました。最後の場面での「解き放たれてあれ」という言葉がとても印象に残りました。

「僕が、新しい命にたぶん、望むように。解き放たれてあれ、と。母の繰り返しでも父の繰り返しでもない、先祖の誰でもない、まったく世界でただ一つの、存在なのだから、と。」

娘たちとの関わりのなかで、忘れずにいたい言葉だなと思いました。

わたしはできれば、娘たちの望みや感性を阻害しないでサポートしていきたい。

そして、当たり前だけどわたし自身も世界でただ一つの存在なので、世界にひとつだけの花なので(解散記念につかってみた)自分の望みも大事にしていきたい。

 

今回の妊娠中、出産まで本当に悪阻が辛くてずっと気持ち悪くてお腹が大きすぎて苦しくて動けなくて、どこへも行けなくて、この曲を応援歌のように聴いていました。

「きみの夢が 叶うのは 誰かのおかげじゃないぜ」


the pillows / Funny Bunny

 「好きな場所へ行こう きみならそれができる」

育児が落ち着いたら解き放たれて自分の人生を楽しみたいです。好きな場所に行こう。

 

遠い国を訪れた友人がお土産にめずらしいものをくれました。テフ。

テフ (穀物) - Wikipedia

エチオピアで主食とされているインジェラというクレープ状の食べ物の原料となる粉です。インジェラ、なんとクックパッドに作り方がのっていました。

cookpad.com

 

発酵中

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焼きます 

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焼き上がり

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エチオピアのカレーは作れなかったので、ふつうのチキンカレー。

 

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現地ではなんと生のヤギ肉を巻いて食べるそうですが、それは再現できないのでサーモンとアボカドを巻いてみました。かなり酸味が強く発酵の味。

ちなみに「インジェラ」と検索すると、「インジェラ まずい」と出てきます。「雑巾の味」と言われているらしいです。

 

妊娠前のごはん

 前回の日記にたくさんのスターやコメントをいただきありがとうございました。

ブックマークのコメントに「幸せや苦しみは個人的な感情とはいえ、客観的な評価軸があることを踏まえて他者とコミュニケーションをとらないと」と書いてくださった方がいて、なるほどなーそうだよなーと思いました。

自分の気持ちを書いたことに対して客観的な意見がもらえるって、ためになりますね。

 

妊娠するまで通っていた病院は、とても綺麗で最先端の治療をやっている人気のあるところで、待ち時間が毎回半端無く長くて辛かったのですが、そのなかでちょっとした楽しみだったのが待ち時間に雑誌を読むことでした。ふだん美容院でしか雑誌を手にとる機会がないので、奥様向けの(うわさの「very」とか)きらびやかな雑誌をみるのは新鮮でした。わたしには買えないバッグ、似合わない服、行かないレストラン。未知の世界は面白いですね。

 

なかには料理雑誌もあり、夕飯の参考にしていました。実際につくってみたのはこちら。

枝元なほみさんレシピのにんにく豚カツ

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買ってきた豚肉薄切り(わたしはトレー無しが好き)に

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薄切りにんにくをこれでもかとはさみ

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小麦粉卵にパン粉をまぶして〜(お料理行進曲)揚げます。

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じゅわ〜

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ついでに高野豆腐も揚げました。

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ふつうの豚カツよりも安上がりなうえ、肉を叩いたりする手間がかからず最高でした。

くわしいレシピはこちらにあります。

www.kyounoryouri.jp

 

あとは、失敗したので写真はないですが「アスパラ巻きつくね」も美味しかったです。

www.ntv.co.jp

 

以上は、治療中の時期、つまり妊娠前につくったものです。

その後、念願の妊娠、そして地獄のつわりで、前回同様まったく料理できなくなりました。

今回は、つわりピークのときには食べることはおろか水もお茶も飲めなくなり、入院したりしました。現在、妊娠6ヶ月になり、少しづつ料理できるようにはなってきて、お正月にはいちおうおせちとお雑煮を用意できました。

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年末に観た平野レミさんのおせち番組がおもしろくて、たたきゴボウを真似してつくりました。 

おせち家族に福きたる!平野レミの早わざレシピ|きょうの料理|くらしのパートナー:あなたの毎日の暮らしを豊かにするEテレ(NHK教育テレビ)の生活実用番組ポータルサイトです。

 

とはいえ、気持ち悪さは相変わらずで、さらに最近は胃液の逆流もひどく、相変わらず食べられない妊婦です。

無事に出産を終えたらまたたくさん作ってたくさん食べたいです。枝元なほみさんのレシピ、ネットでもこんなにみられるんですね。

【ELLE a table】枝元 なほみさんのレシピ一覧|エル・オンライン

mainichi.jp

 

わたしは衰弱し続けていますが、赤ちゃんはとても順調に育っているようでなによりです。

二人目を授かるまでー『ママ友がこわい』を通して思ったこと

第二子を妊娠し、来年5月に出産予定です。

今回の妊娠までは自分なりにいろんな気持ちを体験しました。

(とても繊細な話題なので、もし読んで不快に思う方がいたら申し訳ありません。未熟者が書いたものだと思ってご容赦ください。)

 

わたしは、第一子である娘は予期せず妊娠したので、第二子もそのうちできるだろ〜ととても軽くかまえていました。しかし、「そろそろ二人目欲しいな」が「早く妊娠したいな」に変わり、「なかなか妊娠しないなあ」に変わり、「これ以上は待てないぞ」となり・・・ 基礎体温をつけたり自分なりにいろいろやってみましたが、毎月期待してはあてがはずれて落ち込み、いよいよ「身体に問題があるのでは」と不安になり、病院に行き、通院し、いろいろあって、無事に第二子妊娠に至りました。

 

それまでは恥ずかしながら基礎体温の仕組みすら分かっていなかったくらいで、不妊治療のことも、身近な話題ではあったのですが、自分がその立場になるまで、大変さを分かっていませんでした。

毎月毎月、カレンダーばかり見て、今月こそと思って期待して、思い込みで検査薬を無駄遣いして、激しく落ち込んで、というのを繰り返すうちに焦りがどんどん募り、さらによく義理の母から「二人目はまだ?」と急かされると聞きますが、わたしの場合いちばん急かしてきたのは娘で、毎日のように「うちにはどうして赤ちゃんがこないんだろう。◯◯ちゃんのところも△△ちゃんのところもいるのに。」「早く赤ちゃんこないかなあ」「いつまでも来ないから、もうお世話する気持ちがなくなっちゃうよ」等々言われ続け、そのたびにごめんようという気持ちになっていました。

道を歩いていても、子どもを2人連れた人やベビーカー押している妊婦さんがやたら目についてしまい、「あれは何歳差だろう」とか考えたり、「あんなにすぐ次がさずかるなんて、うらやましい・・・」と妬ましい気持ちが湧いたりして、そういう黒い感情が自分の中に湧くこともかなしくて、早くこの状態を脱したいとばかり思っていました。

「うらやましい」というのは、相手のことを良いなあと思うポジティブな感情なはずなのに、簡単に「うらめしい」に転化してしまうのはなぜなんでしょう。

これが道ですれ違う他人ではなく、大事な友だちとかだったら心から「おめでとう」と言えるのに・・・

とにかく気持ちが疲れてしまい、泣いてばかりいました。通院も、時間もお金もかかるうえに、「この日に来てください」と指定されたり、頻繁に行かなければいけない時期があったりして、仕事の調整をつけるのにも苦労しましたし、子連れでは診察に行けないので、わたしが休みで娘も保育園お休みの平日の診察のときは、娘を病院近くの託児所に預けたりもしていて、繰り返す採血や内診にも気疲れし、「なんでこんなに必死になっているのだろう・・・」と迷うこともありました。

id:masubonさんが「出産直後はすべてのラブソングの歌詞が出産&育児の歌詞に頭の中で変換される」と書いていましたが、なかなか授からない気持ちは片思いのラブソングですね。まだ存在もしない人に会いたくて会いたくて震える。

病院に向かう道すがら、よくこれを聴いていました。


SPITZ Live " 恋する凡人 " with korean sub - YouTube

「君のためになんでもやる 意味なんてどうにでもなる」

迷った時は自分に言い聞かせていました。

 

もちろんもっと長い期間ずっと不妊に悩み、大変な治療をしている方がいっぱいいることは知っています。それに一人目が授からない人からみれば「既に一人いるんだからいいじゃない、贅沢だ」と思われるかもしれません。でも、悩みって、相対評価で大きくなったり小さくなったりするものじゃないと思います。

 

タイトルが気になって思わず読んでみたこのマンガも、二人目不妊で悩む二人のママ友同士の話でした。

主人公・サキちゃんは、仲良くしていたママ友・リエちゃんから、ある日を境に無視され、グループからはじかれてしまいます。

お互い二人目がなかなかできないと悩んでいましたが、サキちゃんがある日リエちゃんに、「義理の母から不妊治療に行ってみたらって言われたのだけれど、まだ若いしそこまで必死になりたくない」と言ってしまったことがきっかけでした。

リエちゃんはサキちゃんより2歳年上で、実はこのとき既に不妊治療に通っていたので、サキちゃんの発言が許せなかったようです。

たしかにサキちゃんの発言はうっかり過ぎるとは思います。しかしその後あからさまに意地悪を繰り返すリエちゃんの言動はあまりに子どもっぽく、理解しがたいものがあります。

例の発言に対し「わたしの悩みを100としたらこの人のは10くらい」と憤ったリエちゃんですが、悩みって量とか大きさがあるものじゃないですよね。人と比べても仕方ないですし、いくら相手の方が軽傷にみえても、それぞれの悩みや苦しみは、その人にとって絶対の痛さと重みがあるはずだと思います。それぞれ自分で抱えて向き合っていくしかないのではないでしょうか。リエちゃん、不妊治療で苦しんでいたのは同情しますが、ダークサイドに落ちすぎです。

そして、同じことが原因で悩んでいても、悩みの種類や悩み方はそれぞれ違うんだよなあという当たり前のことを思いました。

同じ年頃の子どもがいると、年齢によって似たような原因で悩むことがあるとは思うのですが、原因は同じでも、それをどうとらえるか、どう対応するかってそれぞれですし、共感しすぎるのって危険なことなのだろうなと思いました。肝に銘じて今後のママ友付き合いの参考にしたいと思いました。

 

幸運なことに無事さずかったいま振りかえると、「娘のときには分かっていなかった授かることの難しさ・尊さを改めて実感できて、大切なことを学ぶ良い機会になりました」的なポジティブ解釈でまとめることもできそうですが、そんなふうには全く思いません。とても辛かったから、経験せずに済むならそのほうがよかったと思っています。本来わたしは、過去のかなしい出来事を「あのことがあったから今がある」みたいに消化して昇華するのは好きではありません。悲しい記憶は悲しいままでいいと思っています。

白河夜船

原作を読んでから映画を観ました。

白河夜船 (新潮文庫)

白河夜船 (新潮文庫)

 

主人公・寺子は、植物状態の妻を持つ岩永という男と不倫を続けている。仕事もせずに暮らしていたある日、親友・しおりが死んでしまう。恋人である岩永にそれを告げることができないまま、ひたすら眠り続ける日々を過ごす寺子。

 

「彼の妻のいるところは、どんなにか深い夜の底なんだろう。しおりのいるところは、そこに近いところなんだろうか?きっとすごく濃度の濃い闇、私の心も眠りの中でそこをさまよう時もあるのだろうか?」

 

大切な人が亡くなってしまったとき、やはり故人は「夢枕に立つ」のだと思います。

わたしの親友は2009年に亡くなりました。かなしくてさみしくて会いたくて、夢に何度かでてきて会えたので、当時わたしも眠ってばかりいたような気がします。

単に、なにもする気が起きなくて、気力も体力もなかったから寝ていたのかもしれません。心の、胸の痛みや苦しみは、身体的な、物理的な痛みなのだと知りました。

 

「私はとてもしおりに会いたかった。それで、決して会えるはずがないのにあてもなく遠まわりをして歩き続けた。なんとなくそのほうがしおりに近づける気がした。次第に人通りは少なくなり、夜が濃くなってゆくように思えた。」

 

大好きな人が「あの世」に行ってしまうと、やはり心がそちらに引っ張られるんだと思います。「その世界」に近づきたくてうろうろしてしまう。寺子の心が弱ってしまった様を、泣いたり嘆いたりすることではなく、ひたすら眠るということであらわしているのが、かえって現実味があります。

しかし寺子はあるきっかけで立ち直ります。

 

「私の内にはいつの間にか健やかな気持ちがよみがえってきているように思う。それは、友達を亡くし、日常に疲れてしまった私の心が体験した小さな波、小さな蘇生の物語にすぎなくても、やっぱり人は丈夫なものだと思う。こんなことが昔にもあったかどうか忘れてしまったが、ひとり自分の中にある闇と向き合ったら、深いところでぼろぼろに傷ついて疲れ果ててしまったら、ふいにわけのわからない強さが立ち上がってきたのだ。」

 

「わけのわからない強さ」 これは、本当にその通りです。

 


『白河夜船』予告編 - YouTube

 

映画はですね・・・

原作への思い入れが無い人が観たら飽きるだろうなあ、という印象。原作を読んでから観て正解でした。

小説の世界がほぼそのまま映像になっていて、さらに映像になってはじめて気づくところもあり、おもしろかったです。

とくに、しおりの夢をみて目が覚めて落ち込んでいる寺子を励まそうと岩永さんが「うなぎを食べに行こう」と提案するシーン。文字だとさらっと読み終わる1ページ足らずの場面ですが、映像になるとやたら長い!まだうなぎの話してる!と、なんだか笑えました。しかも励ます方法が「うなぎ食べに行こう」って、岩永さんのおっさんっぷりがほほえましい。落ち込んでいる理由は告げずに、うなぎの話題にのっかる寺子もかわいらしい。すれ違っていても寄り添いあう二人。

そして、最後の花火のシーン。

これは小説では特に2人の服装について描写はなかったのですが、絶対に浴衣ではない、というわたしの妙な思い込みがあり、もし映画で寺子が浴衣なんか着ていたらどうしよう・・となぜか緊張しながら観たんですが、ちゃんと洋服でした。あーよかった。

立ち直った寺子が花火を見上げる顔が、ちゃんと立ち直っていて、安藤サクラさんさすがだなーと思いました。

 

こっちも観たいのです。


映画『0.5ミリ』予告編 - YouTube

 

ところで死んでしまった親友しおりがやっていた「添い寝」の仕事。

添い寝することの危険性というか意味について少し触れられていたのですが、ちょっと消化不良なのでやはりこちらを読まねばと思いました。

 

眠れる美女 (新潮文庫)

眠れる美女 (新潮文庫)

 

 

わが悲しき娼婦たちの思い出 (Obra de Garc〓a M〓rquez (2004))

わが悲しき娼婦たちの思い出 (Obra de Garc〓a M〓rquez (2004))

 

 

 

ちなみに、ここ数年でわたしが食べたなかで一番美味しかったうなぎ

tabelog.com

かぐや姫の物語とお花見弁当

いまさらですが、3月に放送された「かぐや姫の物語」について。

娘にはむずかしいかな?と思いながら一緒に観たのですが、とても気に入ったらしく、何回もくりかえし観たがり、劇中のわらべ歌「鳥 虫 けもの 草 木 花」を気に入って口ずさむほどでした。(何回おしえても「とり ぶし けもの」になっていましたが)

 

さらっと観ただけでは消化しきれないものが自分のなかに残ったので、こちらを読んでみました。 

 高畑監督やプロデューサーへのインタビューを読むと、いかに技術的に大変だったかがよく分かるのですが、逆にわたしのような素人には、説明されないと大変さが具体的にわからなかったので、それが惜しいような、でも観たときに感じた「すごいな」っていう漠然とした感覚があったのでそれでいいのか?

 

一番胸を打たれたのは、高畑監督の「ファンタジーがきらい」という姿勢でした。

「そもそもファンタジーを作るつもりがないんです。」

「映画の中の時空が現実の時空と通じ合っていてしかるべきだと思うんですね。密室でめくるめく体験を見せて興奮させるとか観客の願望をかきたててそれを満たして「あーよかった」と終わる映画は嫌いなんです。だって映画の中でいくら願望が満たされても“癒される”だけで、現実を生きていく上で何の役にも立たないですよね。*1

つまり、

「「ファンタジー」としてのアニメーションは、「実人生と交錯しうる」ことなく、「作品の中だけで世界が自己完結」し、観客は作り手があらかじめ引いたレールに乗せられ、次の展開はどうなる?どうなる?とハラハラして終わるだけだ。」

それに対し、高畑監督がもとめるアニメーションは、作品と観客との間に客観性と距離を保ちつづけさせることで、「見る人が頭の中で感じたり考えたりいろんなことを思い、自分に引きつけてあれこれ動いてしまう」ようなもの*2、だということのようです。

 

これは、常々わたしが漠然と感じていたことだったので、それが見事に文章化されていて、とても感銘を受けました。

観ている/読んでいる間現実を忘れられる作品に没入することで一時の逃避を楽しむような作品も息抜きのためには必要ですが、そういう作品ってあとから思い返すことがなく、しばらくたつとストーリーすら忘れてしまうので、そういう作品を心から「好き」と感じることはわたしはありません。

現実を生きる力を与えてくれる、おおげさに言えば人生と真正面から向き合っているような、そんな作品とこれからも出会いたいものだなーと思いました。

 

「いまのすべては 過去のすべて」


いのちの記憶 【かぐや姫の物語・主題歌】 生演奏 TV Ver. 歌詞付 320kbps - YouTube

かぐや姫の物語」は、まだわたしのなかで消化しきれていませんが、これからも繰り返しみて、現実生活のなかであの世界のなかの姫の成長や世界の美しさを繰り返し思い返していきたいなと思いました。

とくに圧倒されたのは桜のシーン。春の訪れを喜ばずにいられない原初的な衝動、桜の花には特別な力があるように思います。

そんなわけで(こじつけ)、今年のお花見の記録です。桜が咲くと、外でご飯を食べずにはいられない!

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↑買ったハムがメインの回。こちらで調達。

ピアッティ

食べログピアッティ

 

あいにくの雨で室内花見になった日。

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職場近くの公園で、突発花見だったので、家にあるものだけでつくったサンドイッチ。

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振り返る間もなく過ぎた4月、5月…

娘は保育園生活3年めにしてはじめて担任の先生が変わり、そのことがかなりショックだったようで(ちょうど人見知りがまた激しくなっていた時期だったので)、また、いわゆる「幼児クラス」にあがったことで、「何でも自分でやりましょう」という方針に着いていけなかったのもあり、4月5月は荒れ狂っておりました。

わたしも春特有のそわそわする感じが少し苦手なのですが、娘も新しい変化にいろいろ思うところがあるのだなあと痛感しました。

春の遠足、通算3回めのお弁当はおいなりさんにしました。

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*1:p82

*2:p193「夢見ること、それだけを教える」